ヴィルヘルム2世はなぜ大戦を招いたか?失脚とトラウマの深層検証

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1890年3月、ヴィルヘルム2世はドイツ統一の父であり、20年近くヨーロッパの均衡を支配してきた「鉄血宰相」オットー・フォン・ビスマルクを突如として解任しました。この世代交代劇は、近代ヨーロッパ史の最大の転換点の一つとされています。

解任の直接的な引き金となったのは、国内の労働運動や社会主義者に対する対応の対立でした。弾圧強化を主張するビスマルクに対し、即位間もない若き皇帝は「労働者の皇帝」として民衆から愛されたいという野心を抱き、融和策を唱えました。しかし本質的な対立点は、「皇帝自らが親政を行いたいという野心」と「宰相の操り人形になることへの激しい拒絶」でした。

ビスマルクを追放した皇帝が舵を切ったのが、ロシアとの「再保障条約」の更新拒絶と、大海軍を建設してイギリスの覇権に挑む「世界政策(ヴェルトポリティーク)」です。ビスマルクが最も恐れていた「フランスとロシアによる挟撃体制」は、皇帝自身の短慮によって現実のものとなり、ドイツは自ら築いた外交的包囲網の中に閉じ込められていきました。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

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