国会期成同盟はなぜ結成されたのか?民権派の野望と政府弾圧の真相
国会期成同盟はなぜ結成されたのか?民権派の野望と政府弾圧の真相について知っておくべき ポイントを分かりやすく解説いたします。
国会開設の勅諭が出されたことで、運動のフェーズは「議会を要求する段階」から「議会選挙を戦い抜く政党の結成」へと劇的に移行します。1881年秋、国会期成同盟は第3回大会の場において発展的解消を遂げ、板垣退助を総理(党首)とする日本初の政党「自由党」を結党しました。
フランス流の急進的自由主義を掲げた自由党は、主権在民と普通選挙を視野に入れた強硬な野党勢力として立ち上がります。これに呼応して、下野した大隈重信も穏健なイギリス流立憲政治を目指す「立憲改進党」を結成しました。
全国から署名を集める請願組織としてスタートした国会期成同盟は、わずか1年あまりの活動期間ながら、日本の政治風景を「官僚専制対民衆政党」という近代的な対立構図へと不可逆的に塗り替えたのです。