杜甫『春望』現代語訳と全文解説!国破れて山河ありの真相と重要対句
杜甫『春望』現代語訳と全文解説!国破れて山河ありの真相と重要対句の概要と注目ポイントを徹底的にカバーしました。
杜甫の詩を深く味わい、入試問題の記述答案に説得力を持たせるためには、彼が生きた激動の時代背景を避けて通ることはできません。『春望』が詠まれたのは唐の至徳2載(西暦757年)の春。当時、中国全土を揺るがす未曾有の内乱「安史の乱」が吹き荒れていました。
唐の玄宗皇帝が楊貴妃との享楽に溺れ、政治が乱れていた755年冬、節度使の安禄山が反乱を起こします。無敵を誇った唐軍は総崩れとなり、翌756年には首都・長安が陥落。玄宗は四川地方へ逃走し、皇太子(粛宗)は西北の霊武で即位して反乱軍への抗戦を試みます。当時40代半ばでようやく官職を得たばかりの杜甫は、新皇帝に馳せ参じようと家族を疎開させて単身北上しますが、道中で反乱軍に捕らえられてしまいました。
官位が低かった杜甫は処刑こそ免れたものの、反乱軍の監視下にある長安城内に軟禁されます。長安の市内では連日略奪や放火が横行し、かつての都の栄光は完全に灰燼と帰していました。家族が生きているのかすら分からない極限の孤独。その絶望の中で迎えた春の風景が、杜甫の目に映った『春望』の視界なのです。
杜甫が同時代の手記や長編詩『自京赴奉先県詠懐五百字』などで吐露した「朱門には酒肉の臭いがあり、路には凍死の骨がある」という慟哭にも通じる、社会の不条理と民衆への哀憐。この「詩聖」と呼ばれる杜甫のヒューマニズムと政治的責任感こそが、「国破れて山河あり」という名句に千年の重みを与えています。