浄土真宗でやってはいけないこと総まとめ!清め塩や冥福祈願がNgな理由

浄土真宗でやってはいけないこと総まとめ!清め塩や冥福祈願がNgな理由の要点を詳しく解説してご紹介します。

通夜や葬儀に参列した際、会葬礼状とともに手渡される「清め塩」や、遺族へかける「ご冥福をお祈り申し上げます」という挨拶。これらは他宗派では標準的な慣習ですが、浄土真宗においては明確に避けなければならない行為です。この違いを生み出している根幹には、浄土真宗独自の「往生即成仏(おうじょうそくじょうぶつ)」という教義があります。

一般的な仏教の教えでは、人は死後49日間の中陰(ちゅういん)と呼ばれる期間、冥土を彷徨い、閻魔大王をはじめとする十王の審判を経て次の生まれ変わり先が決まると考えられます。そのため、「死後の冥土での幸福を祈る」という意味で「冥福」を祈る言葉が使われてきました。しかし、浄土真宗を開いた親鸞の教えでは、阿弥陀如来の絶対的な慈悲(他力本願)を信じる者は、息を引き取った瞬間に一切の迷いなく極楽浄土へ往生し、直ちに仏となると説かれます。

故人は冥土を彷徨うことなど一切なく、すでに極楽浄土で仏となって私たちを見守っている存在です。したがって、「冥土の旅路の無事を祈る」というニュアンスを含む「ご冥福をお祈りします」という言葉は、阿弥陀如来の救済を疑い、故人を未だ迷える霊として扱う無礼な表現になってしまいます。浄土真宗の葬儀マナーにおける適切な挨拶としては、「心より哀悼の意を表します」や「お悔やみ申し上げます」、あるいは「ご生前のご恩に深く感謝申し上げます」と言い換えるのが正しい作法です。

同様に、「清め塩」を否定する理由も明確です。死を「不浄な穢れ(けがれ)」とみなして塩で身を清める発想は、神道由来の民俗信仰に根ざしています。浄土真宗では、大切な家族や同胞の死を「穢れ」として忌み嫌うこと自体を、人間中心的な差別・迷妄として厳格に戒めています。大谷派や本願寺派などの教団は、葬儀社に対して会葬返礼品から清め塩を排除するよう長年にわたり公式に啓発活動を継続しており、故人を穢れ扱いする清め塩の使用は、教義の根幹を否定するタブーと位置づけられています。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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