東京を侵食する緑の鳥!ワカケホンセイインコ大量発生と被害の全真相
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南国生まれの鳥というイメージが強いインコが、なぜ日本の冬を耐え抜いて都市に定着できたのでしょうか。ワカケホンセイインコ野生化の理由を紐解くと、1960年代後半から1970年代にかけて日本列島を席巻した空前のペットブームに行き着きます。
当時、鮮やかな色彩とおしゃべり能力の高さから大量に輸入された本種ですが、成長に伴う鳴き声の大きさや鋭いくちばしによる破壊行動に手を焼いた飼い主による放鳥(遺棄)、あるいはカゴからの脱走が相次ぎました。公式な学術記録によると、東京都練馬区で初の野生下での繁殖が確認されたのは1969年のことです。半世紀以上の歳月をかけ、都市環境を着実に攻略してきた歴史があります。
ワカケホンセイインコ東京大量発生の真相を決定づけた最大の要因は、彼らの驚くべき生理的適応力にあります。原産地の一つである北西インドやパキスタン、ヒマラヤ山麓の標高2,000メートル付近は、冬季には氷点下に達する過酷な寒冷地です。つまり彼らは、もともと厳しい寒さに耐えうる強靭な体質を備えていました。そこに東京特有のヒートアイランド現象、天敵である猛禽類の少なさ、庭木の実(ビワ、柿、ツバキの種子など)や街路樹といった一年中枯渇しない餌資源が組み合わさり、繁殖に最適な楽園が完成したのです。
ワカケホンセイインコ生息数最新推移の調査データを見ると、1980年代には数百羽程度と見られていた個体数が、2000年代以降に急激なカーブを描いて増加。首都圏全体での確認数は2,000羽から3,000羽以上に達していると推計されています。かつては局所的だった分布域も、現在の生息地は東京都(世田谷区、目黒区、大田区、杉並区、練馬区)から神奈川県川崎市・横浜市、さらには埼玉県南部や千葉県北西部にまで広域化しています。