ドリフターズバンドの演奏力が本物だった驚愕の真相|ビートルズ前座の全貌
ドリフターズバンドの演奏力が本物だった驚愕の真相|ビートルズ前座の全貌に関する主要なデータを分かりやすく解説いたします。
コメディアンとしての強烈なキャラクターの陰に隠れがちですが、ドリフターズメンバー担当楽器における各人の技術的練度は、当時のスタジオミュージシャンと比較しても極めて高い水準にありました。いかりや長介氏の自著『だめだこりゃ』でも語られている通り、彼らの笑いは「完璧な演奏技術という土台」があって初めて成立する緻密な計算の上に成り立っていました。
各パートを詳細に追っていくと、まずいかりや長介ベースの実力は、ジャズ喫茶時代に培われた安定感に裏打ちされています。ベースラインをむやみに動かさず、ルート音と5度を正確なタイムで打ち込み続けることで、加藤茶氏のトリッキーなオカズ(フィルイン)を完全に支え切っていました。
さらに特筆すべきは加藤茶ドラムテクニックの評価です。ドラム専門誌の歴代ドラマー特集でも度々言及される通り、彼のドラミングは脱力と手首のスナップを極限まで活かしたもので、力任せに叩く現代のロックドラマーとは一線を画す「鳴りの深さ」がありました。高速テンポでもビートが前に突っ込まず、絶妙にタメの効いたグルーヴを生み出す技術は、昭和のジャズシーンでもトップクラスと目されていました。
メロディ面を支えた仲本工事ボーカルギターの冴えも見逃せません。武道館で披露した高音シャウトはもちろんのこと、裏拍で小気味よく刻まれるコードカッティングは、バンド全体のアンサンブルを軽快に引き締めていました。そこに高木ブーギター演奏の卓越したコードワークが重なります。高木ブー氏はハワイアンで培ったテンションコード(9th、13thなど)を自然にロック編成へ導入しており、単なるスリーコードにとどまらない洗練された響きを演出していました。
1974年に荒井注氏が脱退し、付き人から昇格した志村けんキーボード演奏は、バンドに決定的なサウンド変革をもたらしました。志村氏はプライベートで膨大な輸入盤ソウルやファンクを聴き漁る屈指の音楽マニアであり、ジェームス・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーン直系の16ビートのシンコペーションをバンドに持ち込みました。これにより、後期ドリフターズの楽曲は当時の歌謡曲シーンでも異彩を放つブラックコンテンポラリーの質感を帯びるに至ったのです。