アラン・ドロンの息子急死の真相と遺産泥沼劇|認知拒絶と家族の確執
アラン・ドロンの息子急死の真相と遺産泥沼劇|認知拒絶と家族の確執にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
ドロン氏の晩年は、まさにシェイクスピアの悲劇『リア王』そのものでした。2024年8月18日、ドロン氏の訃報が世界中を駆け巡ったアラン・ドロン死去ニュースまとめの裏側には、死の直前まで繰り広げられた凄惨な身内の暗闘がありました。
発端は2019年の脳卒中以降、ドロン氏の介護を担当し、事実上のパートナーとして長年同居していた日本人女性アシスタント、ヒロミ・ロラン氏を巡る騒動です。2023年夏、アントニー氏、アヌーシュカ氏、アラン・ファビアン氏の3人の嫡出子は一時的に結託し、「父の精神的弱みにつけ込み財産を搾取している」「モラルハラスメントを行っている」としてロラン氏を刑事告訴し、ドゥシーの邸宅から強制退去させました(※後に検察は証拠不十分として不起訴処分)。
しかし、共通の敵を排除した直後、子供たちの間でアラン・ドロン遺産相続トラブルの真相を巡る醜い内戦が勃発します。長男アントニー氏と次男アラン・ファビアン氏は、週刊誌のインタビューやテレビ番組で実妹のアヌーシュカ氏を激しく指弾しました。
「妹は巨額の遺産相続税を免れるため、重病の父をスイスへ強引に移住させようとした。父が愛したドゥシーの自宅で穏やかに息を引き取ることすら奪おうとしたのだ」。
これに対しアヌーシュカ氏は名誉毀損で兄たちを提訴。さらに次男アラン・ファビアン氏は、自宅の食卓で妹が認知能力の衰えた父を誘導尋問する様子を収めた秘密録音テープをSNS上に暴露するなど、アラン・ドロン家族の確執と絶縁は全世界の白日の下に晒されました。2024年春には裁判所からドロン氏に対する「強化成年後見制度」が決定され、自らの莫大な財産を自由に動かすことすら禁じられた孤独な状態で、名優は最期の時を迎えました。