中野会の現在と最期|中野太郎の死因と跡地・幹部の今を総力追及
中野会の現在と最期|中野太郎の死因と跡地・幹部の今を総力追及の総合ガイドをご紹介します。最新トレンドが詰まっています。
中野会の運命を決定づけたのが、1997年8月28日に発生した五代目山口組若頭射殺事件です。白昼の新神戸オリエンタルホテル(現・ANAクラウンプラザホテル神戸)のティーラウンジにおいて、山口組のナンバー2であった宅見勝若頭が中野会系組員によって射殺され、隣席にいた無関係の歯科医師までもが巻き添えとなって命を落としました。
この宅見若頭射殺事件の真相の発端となったのは、前年の1996年7月に起きた「散髪屋襲撃事件」です。京都の理髪店で散髪中だった中野太郎会長が、会津小鉄系組員から銃撃を受けた際、山口組執行部が中野側の意向を無視して早期の手打ち(和解)を進めたことに端を発します。「命を狙われた当事者をないがしろにして手打ちを結んだ執行部の対応は納得できない」という抜き差しならない怒りと不信感が、凶行の引き金となりました。
事件直後、山口組執行部は緊急幹部会を招集し、中野会に対して最も重い処分である「絶縁」を下しました。これが山口組と中野会の絶縁の経緯です。絶縁は事実上の死刑宣告を意味し、友軍を持たない独立組織となった中野会に対し、山口組各派による激しい報復攻撃が開始されることとなりました。