「欲しがりません勝つまでは」考案者の真相と現代に潜む同調圧力の罠

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「欲しがりません勝つまでは」という言葉が帯びる本質的な意味は、文字通り「戦争に勝利する日を迎えるまでは、私的な欲望や生活の豊かさを一切求めず、国家のためにすべてを耐え忍ぶ」という強烈な滅私奉公の宣言です。この標語が誕生した1942年(昭和17年)は、前年12月の真珠湾攻撃によって太平洋戦争が勃発してからちょうど1年が経過した転換点でした。

開戦直後の連戦連勝に沸いた日本本土でしたが、1942年6月のミッドウェー海戦の敗北を境に戦局は急速に暗転し始めます。本土では金属類回収令による鍋や寺院の鐘の供出が進み、米や衣料品、砂糖、木炭に至るまで完全な配給制が敷かれ、庶民の日常は深刻な物資困窮に直面していました。

困窮する国民の不平不満が体制批判に向かうのを防ぐため、政府と大政翼賛会、情報局、そして新聞各社は「大東亜戦争1周年」を記念した「国民決意標語」を大々的に公募しました。国民精神総動員運動の流れを汲み、国民自らの手で耐乏生活を受け入れさせる目的で実施されたこの公募には、全国から30万点を超える応募が殺到したと記録されています。

その膨大な応募作の中から、栄えある特選標語として新聞紙面を飾り、全国の学校、役場、街頭ポスターへと瞬く間に配備されたのが「欲しがりません勝つまでは」でした。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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