きんさんぎんさんの若い頃は美人?写真と激動の半生・長寿の秘訣
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1892年(明治25年)8月1日、矢野家の長女・次女の一卵性双生児として誕生した2人。当時は双生児に対する迷信や偏見も根強く残っていた時代でしたが、両親は分け隔てなく深い愛情を注ぎました。
しかし、その後に歩んだ半生は決して平坦なものではありませんでした。姉の成田きんさんは成田佐太郎氏と結婚し、11人(男7人・女4人)の子宝に恵まれました。一方、妹の蟹江ぎんさんは蟹江綱四郎氏のもとに嫁ぎ、5人姉妹をもうけています。
2人を襲ったのは、20世紀前半の激動の荒波でした。昭和恐慌による極度の困窮、過酷を極めた小作農としての重労働、そして太平洋戦争です。働き盛りの夫や最愛の息子たちを戦地へ送り出し、きんさんは愛する子どもたちの幾人かを病気や戦争で先立たれるという深い悲哀を経験しました。ぎんさんもまた、出征した夫の留守を守りながら、女手一つで田畑を耕し、娘たちを育て上げる苦労を味わっています。
早朝から夜遅くまで腰をかがめて泥田に入り、麦を踏み、子どもたちに食べさせる米を確保するために自らの食事を削る日々。平成の世に日本中を温かい気持ちにさせた「丸みを帯びた笑顔」は、そうした塗炭の苦しみを乗り越え、すべてを受け入れてきた強靭な精神の賜物でした。