ミスド1号店箕面ショップの真相!なぜ箕面?聖地の限定メニューと現在
ミスド1号店箕面ショップの真相!なぜ箕面?聖地の限定メニューと現在の真相について、分かりやすい解説を詳しくお届けします。
1971年(昭和46年)4月2日、大阪府箕面市にミスタードーナツの日本第1号店が誕生しました。同年7月に日本マクドナルドが東京・銀座へ進出し、流行の発信地から若者文化を牽引したのとは対照的に、ミスタードーナツは北摂の閑静なベッドタウンをその出発点に選んだのです。この出店戦略の背景には、運営母体である株式会社ダスキンの出自と、創業者・鈴木清一氏の明確な商業ビジョンが存在していました。
当時、清掃用具のレンタル事業で全国的なフランチャイズ網を築き上げていたダスキンは、新たな事業の柱として外食産業への参入を模索していました。創業者の鈴木清一氏は渡米した際、現地で親しまれていたミスタードーナツの味と温かな接客に深く感銘を受け、創業者のハリー・ウィノカー氏と直接交渉の末に事業提携を結びます。ダスキンが本社を構える大阪府吹田市に近く、経営陣が日夜現場に駆けつけてオペレーションを直接検証・指導できる距離にあったのが、隣接する箕面の地でした。
さらに見逃せないのが、当時の社会構造の変化です。1970年の大阪万博を経て、北摂エリアは急速にベッドタウン化が進み、自家用車を所有するアッパーミドル層のファミリーが急増していました。鈴木清一氏は、ドーナツを「都心の若者が気取って食べる流行品」ではなく、「家庭へ持ち帰り、家族団らんで囲む温かな日常食」として定着させようと考えたのです。車社会の到来を見据えたロードサイド型の実験店舗としても、箕面はまさに理想のテストベッドでした。