近江屋事件の真相と黒幕の正体|坂本龍馬暗殺の実行犯と決定打
近江屋事件の真相と黒幕の正体|坂本龍馬暗殺の実行犯と決定打の概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
事件が起きた慶応3年11月15日の京都は、底冷えのする雨上がりの夜でした。坂本龍馬は、河原町通蛸薬師下ルにあった醤油商「近江屋」新助宅の2階奥部屋に身を寄せていました。当時、龍馬は風邪をこじらせて体調を崩しており、そこへ夕刻から同志である陸援隊長・中岡慎太郎が訪れ、火鉢を囲んで深夜近くまで熱心に時局を語り合っていたと記録されています。
惨劇は、夜9時(午後9時前後)に起きました。1階の表戸を叩き、「十津川郷士」を名乗って取次を求めてきた数名の男たちに対し、龍馬の従僕を務めていた元力士・山田藤吉が応対。藤吉が龍馬への取次に2階へ上がろうと背を向けた瞬間、刺客に背後から斬りつけられて致命傷を負いました。階段を駆け上がる物音に、龍馬は襲撃とは気付かず「ほたえな(土佐弁で『騒ぐな』)」と声をかけたと伝えられています。
刺客たちは間髪をいれずに奥の8畳間に乱入しました。不意を突かれた龍馬と中岡は、武器を取る暇すら与えられませんでした。龍馬は床の間に置かれていた愛刀「吉行」を引き抜こうとするも、初手で前額部を深く薙ぎ払われ、防戦のために鞘ごと刀を掲げたものの受け止めきれず、激しい連撃を浴びて倒れ込みました。龍馬は「脳をやられた、もういかん」と言い残し、ほぼ即死状態だったとされます。中岡も全身に無数の刀傷を負い、2日後の11月17日に息を引き取りました。