日本の伝統美「圓弁柄」の真相|なぜ今再注目されるのか徹底解明

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圓弁柄の背景を語る上で欠かせないのが、岡山県高梁市成羽町に位置する吹屋ふるさと村の存在です。江戸時代中期から明治期にかけて、吹屋は国内屈指の弁柄生産地として莫大な富を築きました。山あいの斜面に立ち並ぶ豪壮な赤銅色の町並みは、現代も国の重要伝統的建造物群保存地区としてその威容を留めています。現地保存会の記録資料によれば、最盛期の吹屋では全国各地の寺社仏閣や陶芸の産地へ向けて、年間数千俵もの上質な弁柄が出荷されていました。

この吹屋の弁柄が、伊万里焼や九谷焼といった高級陶磁器絵付けの上絵付け顔料(赤絵)として採用され、さらに職人たちの手によって円弁文様と結びついたことが、工芸史における大きな転換点となりました。細筆で精密に描かれた花弁文様は、器の円形と美しく調和し、貴族や豪商たちに愛好されたのです。時を同じくして、武家の間では円満と結束を重んじる意匠として「家紋円弁」が家系を象徴する紋章として定着していきました。

また、庶民の暮らしにおいては、耐候性に優れた塗料として町屋の格子や外壁に塗られると同時に、綿や麻を染め上げる「弁柄染め」として着物柄や手ぬぐいに普及していきました。太陽と大地の力を宿す色として尊ばれた弁柄と、終わりのない調和を象徴する円弁の組み合わせは、厄を祓い家内安全を願う人々の切実な生活の知恵から生まれた結晶と言えます。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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