「油を売る」の語源はサボりではない?江戸商人の知恵と意外な真相を解剖
「油を売る」の語源はサボりではない?江戸商人の知恵と意外な真相を解剖について見逃せない 理由を分かりやすく解説いたします。
油売りが扱っていた商品には、大きく分けてふたつの柱がありました。夜間を照らす行灯(あんどん)の灯火用油と、女性たちの身だしなみを整える髪油(かみあぶら)です。
江戸時代の中期以降、町人の識字率向上や夜型生活の広がりとともに、行灯の需要は爆発的に増加しました。しかし、行灯の油代は長屋住まいの庶民にとって家計を圧迫する重い固定費でした。一合(約180ml)単位で細かく買い足す日常必需品だからこそ、油商人は客の顔色を見ながら親身に商売を行う必要がありました。
もうひとつの主力商品である髪油は、日本髪を美しく結い上げるための必需品であり、現代でいう高級コスメティクスです。油売りは単に油を小分けするだけでなく、吉原や日本橋界隈で流行している最新の髪型、人気の化粧法、芝居町歌舞伎の裏話などを情報発信していました。長屋の女性たちにとって、油商人は「油を届けてくれる人」であると同時に、「閉鎖的な長屋に刺激的なトレンドと世間話を持ち込んでくれる貴重な情報源」でもあったのです。
油が落ちるのを待つ数分間の雑談は、客を飽きさせず、購買体験を心地よいものにするための不可欠なアフターサービスでした。この光景が、端から見ていた別の町人や雇用主(油問屋の番頭など)の目には、「道端で女房相手に無駄口ばかり叩いて、いつまでも仕事を引き延ばしている怠け者」と映ったことが、慣用句「油を売る」の皮肉な転変の始まりでした。