【驚愕】松本明子の昔が超美人!放送禁止事件の真相と波乱の復活劇とは
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松本明子がデビューした1983年は、芸能史において特異なエアポケットのような年でした。前年の1982年は、中森明菜、小泉今日子、早見優、松本伊代、堀ちえみ、石川秀美ら「花の82年組」が社会現象を巻き起こし、歌番組の出演枠も雑誌のグラビア枠も完全に飽和状態に達していたためです。
1983年にデビューした松本明子、大沢逸美、森尾由美、いとうまい子、桑田靖子らは、メディアから「不作の83年組」と容赦のないレッテルを貼られました。新曲を出してもオリコンチャートの上位に食い込めず、営業先では閑古鳥が鳴く日々。事務所からの期待と現実の落差に、松本明子の心には日増しに強い焦燥感が募っていきました。
その焦りが最悪の形で爆発したのが、1984年4月に起きた「放送禁止用語事件」です。ニッポン放送の深夜ラジオ『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』と、フジテレビの生放送番組『オールナイトフジ』の共同企画という注目度の高い現場で、悲劇は起きました。
共演者だった大御所芸人たちから「生放送でこの言葉を叫んだら、業界の裏話(好きな男の名前)を教えてやる」「一発で名前が売れてスターになれるぞ」と執拗に煽られた松本明子は、バラエティのノリに必死で食らいつこうとするあまり、女性器を指す放送禁止用語を全国の電波に向けて大声で連呼してしまったのです。
直後、現場の空気は凍りつき、番組は騒然。フジテレビからは即座に出入り禁止を言い渡され、ニッポン放送からも締め出される事態に発展しました。当時10代のアイドルが公の電波で口にしてはならない言葉を放った代償はあまりに大きく、彼女はすべてのレギュラーと新規の仕事を失い、約2年間にわたる事実上の芸能界追放(謹慎・活動休止)を余儀なくされました。