小泉八雲『怪談』の原文は英語?成立の真相と無料で読む方法を徹底解明

小泉八雲『怪談』の原文は英語?成立の真相と無料で読む方法を徹底解明に関する気になる情報を初心者にも親しみやすくまとめました。詳細を読もうことができます。

日本人の心の奥底にある情緒を捉えきったとされる『怪談』ですが、その書名が『Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things』と題され、1904年にアメリカ・ボストンのホートン・ミフリン社から刊行された事実を知る読者は決して多くありません。つまり、私たちが親しんでいる日本語のテキストは、すべて後世の翻訳家たちが英語から日本語へと翻訳した「和訳版」なのです。

この特異な成り立ちを紐解く最大の鍵は、ラフカディオ・ハーンの言語的事情と執筆動機にあります。1890年に来日したハーンは、日本語の日常会話には不自由しなかったものの、複雑な漢字の読み書きを生涯マスターすることはできませんでした。松江の尋常中学校や東京帝国大学で教鞭を執りつつ、思索や執筆活動を行う際の母語は、終生英語でした。これが「小泉八雲が英語で書いた理由」の極めて現実的な一面です。

しかし、単なる実務的制約にとどまらない思想的動機が存在します。明治維新以降、富国強兵と西欧化に狂奔していた当時の日本社会は、自国の豊かな民間伝承や怪異を「非科学的な迷信」として次々に切り捨てていました。ハーンは、合理主義に侵されつつあった西洋社会への危機感と、失われゆく日本の精神的古層に対する深い憧憬から、日本の精神文化の純粋な結晶である怪異譚を英米の知識人層に向けて記録・保存しようとしたのです。

その制作現場において決定的な役割を果たしたのが、妻である小泉セツの口述でした。セツ夫人が残した回想録『思ひ出の記』には、夜遅くまで行われた夫婦の鬼気迫る創作の現場が生々しく記録されています。

「夫は本を読んでもらったり話を聞いたりするのを非常に好みました。(中略)話をするときは、真剣になりきって、話す人の心持ちになりきって語らねば、決して満足いたしませんでした」

セツは英語を解さず、ハーンは難解な日本語を読めない。そのため二人は、「ヘルン言葉」と呼ばれる独自の片言の日本語交じりの共通言語を構築し、セツが古書や地方の伝承を噛み砕いて情景豊かに語り聞かせ、ハーンがそのエッセンスを胸中で増幅させて洗練されたヴィクトリア朝英語へと昇華させました。小泉八雲の怪談は、単なる民話の英訳ではなく、夫婦による「異文化翻訳と再創作の結晶」だったのです。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest