班田収授法はなぜ崩壊した?口分田の仕組みと租庸調の闇を徹底解剖

班田収授法はなぜ崩壊した?口分田の仕組みと租庸調の闇を徹底解剖とはどのようなものなのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。

当時の農民たちがどれほど悲惨な境遇に置かれていたか。その一次史料としての生々しさを現代に伝えるのが、奈良時代の貴族・歌人である山上憶良が『万葉集』巻五に遺した傑作『貧窮問答歌』です。

作中では、寒風が吹き込む壊れた藁屋の中で、布の切れ端をまとい、飢えと寒さに震える農民一家の姿が描かれます。そこへ容赦なく踏み込んでくるのが、徴税吏員でした。

「里長(さとおさ)が鞭を手にして戸口に立ち、大声で税を出せと怒鳴り散らしている。これほどまでに現世の生とはつらく、救いようのないものなのか」
――『万葉集』巻五・山上憶良「貧窮問答歌」より意訳

このような極限状態に追い込まれた民衆が取った防衛策こそが、歴史用語として知られる浮浪逃亡でした。

「浮浪」とは、割り当てられた口分田を放棄し、本籍地を離れて別の土地へ勝手に移動すること。「逃亡」とは、文字通り税の徴収網から姿を消して行方知れずになることです。さらに狡猾な自衛手段として横行したのが偽籍(ぎせき)でした。

現存する正倉院文書の美濃国(現在の岐阜県)大宝2年(702年)の戸籍データを精査すると、驚くべき事態が記録されています。ある村落の構成員において、男性がわずか数名しか登録されておらず、世帯の9割以上が「女性」として記載されていたのです。兵役や庸・調を課される成年男子を戸籍上「死亡」または「女性」として偽造し、税逃れを図る集団的偽装工作が公然と行われていました。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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