日本で一番長いトンネルはどこ?鉄道・道路の歴代順位と工事の真相
日本で一番長いトンネルはどこ?鉄道・道路の歴代順位と工事の真相について専門的な視点から解説いたします。最新の情報をお届けします。
鉄道部門において圧倒的な規模を誇る青函トンネルは、青森県今別町と北海道福島町を津軽海峡の下で結ぶ、全長53.85kmの超巨大インフラです。海面下約240m、海底の地盤下約100mの深さを貫いており、そのうち海底部だけでも23.3kmに達します。
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建設の引き金となったのは、昭和29年(1954年)9月に発生した「洞爺丸事故」でした。青函連絡船が猛烈な台風によって転覆し、死者・行方不明者1,155名という日本海難史上最悪の大惨事を引き起こしたのです。「荒れ狂う津軽海峡に左右されない恒久的な交通路を造らなければならない」という悲壮な決意のもと、国家的な大プロジェクトが胎動しました。
昭和39年(1964年)の調査坑着工から昭和63年(1988年)の本州・北海道開通まで、工期は実実に24年、総工費は当時の額で約6,900億円を記録しました。しかし、その歴史は想像を絶する出水事故との死闘でした。当時の建設記録や現場責任者の手記には、次のような生々しい証言が残されています。
「前方の断層を突いた瞬間、高圧の水が爆音とともに吹き出し、坑道が一瞬で濁流に飲まれた。耳をつんざく水圧の轟音の中で、いつ頭上の海が落ちてくるかわからない恐怖と毎日隣り合わせだった」
特に昭和51年(1976年)の異常出水事故では、毎分80トンを超える海水が押し寄せ、本坑水没の危機に瀕しました。作業員たちはセメントと水ガラスを混ぜ合わせた特殊な注入材を岩盤の亀裂に高圧注入する新工法を編み出し、命懸けで海水を食い止めました。過酷を極めた工事の過程で34名の尊い殉職者を出した事実は、このトンネルがいかに壮絶な犠牲の上に築かれたかを物語っています。
開通から年月を経た現在、青函トンネル内には北海道新幹線が時速数百キロで疾走し、同じ線路の上をJR貨物の電気機関車が走り抜ける「3線軌条」という極めて高度な運行管理が実施されています。海底深くで極限の土木工事を完遂させた先人たちの執念は、日本の大動脈として今も息づいています。