小池百合子の出身と生い立ちの真相|芦屋育ちからカイロ大卒の素顔
小池百合子の出身と生い立ちの真相|芦屋育ちからカイロ大卒の素顔に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。
学歴を振り返ると、小池氏は地元・関西の伝統的なエリートコースを歩み始めます。小学校から私立の女子校へ進学し、中学・高校は関西屈指のお嬢様学校として知られる甲南女子中学校・高等学校を卒業しました。テニスや英語弁論大会に打ち込むなど、活発で自己表現力に長けた生徒として評判を集めていました。
1971年4月、小池氏は関西学院大学社会学部へ進学します。しかし、大学生活はわずか半年足らずで突如として中断されることになります。この関西学院大学の中退理由には、家庭の劇的な経済的・政治的転変が深く絡んでいました。
父・勇二氏は1969年の第32回衆議院議員総選挙に旧兵庫2区から立候補したものの落選。選挙戦への巨額投資と事業の多角化失敗が重なり、小池家の経済基盤は一気に傾いていきました。そうした逆境の中、勇二氏は娘に対し、国内の大学を卒業するよりも「これからの世界を握るアラビア語」を現地で学ぶことを強く勧めます。
1971年秋、小池氏は関西学院大学を中退し、単身エジプト・カイロへと渡航しました。当時、若い日本人女性が単身で中東へ留学することは極めて異例であり、まさに社運ならぬ「家運」を賭けた起死回生の一手でした。アメリカン大学カイロ校で基礎的なアラビア語を学んだ後、難関とされるカイロ大学文学部社会学科へ編入・進学を果たします。