Pl学園とパーフェクトリバティー教団の真相|野球部休部と2026年現状
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PL学園の衰退は、母体であるパーフェクトリバティー教団そのものの地盤沈下と完全に軌を一にしています。教団の歴史を紐解くと、戦前の「ひとのみち教団」を源流とし、1946年に御木徳一(初代教祖)の遺志を継いだ御木徳近(第二代教祖)が佐賀県で立教開宗を宣言したことから始まります。
「人生は芸術である」「自己を表現することによって神を現す」というポジティブで世俗的な教義は、戦後復興から高度経済成長期へと突き進む日本人の勤労意欲と見事に合致しました。スポーツや芸術、ビジネスでの成功を信仰の証とする実践哲学は急速に支持を広げ、1960年代から1970年代にかけて教団は空前の黄金期を迎えます。政財界との太いパイプを築き、昭和の芸能界でも研ナオコ氏や桂三枝氏(現・六代桂文枝)ら著名人が関わりを持つなど、新宗教のトップランナーとして日本社会に君臨しました。
しかし、第二代教祖・御木徳近氏が1983年に死去し、養子の御木貴日止氏が第三代教祖に就任すると、拡大路線は曲がり角を迎えます。貴日止氏は父のようなワンマンなカリスマ性で組織を牽引するタイプではなく、社会の変化とともに教団は徐々に内向化していきました。そして2020年12月、第三代教祖・御木貴日止氏が逝去。絶対的な精神的支柱を失った教団は、後継指導者の体制づくりや教団運営の方向性を巡って大きな試練に直面することになります。
文化庁発行の『宗教年鑑』や各種調査データを分析すると、最盛期に公称260万人を超えた信者数は年々減少を続け、現在公表されている信者数は大幅に縮小。さらに実質的な定例活動に参加するアクティブな実信者数は、数万人規模まで落ち込んでいるとの見方が宗教社会学関係者の間で定説となっています。信者の高齢化が進み、二世・三世の教団離れを食い止める決定打を持たないまま、教団の財政基盤は急速に細り続けています。