最後の女性天皇・後桜町天皇の生涯と即位の真相をわかりやすく解説

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後桜町天皇の治世は約8年半に及びました。その間、京都の朝廷は単なる儀礼の場にとどまらず、思想的な揺らぎの最前線に立たされていました。その象徴が1767年(明和4年)に起きた「明和事件」です。

神道学者・山県大弐や軍学者・藤井右門らが、幕府政治を批判し尊皇討幕を企てたとして処罰されたこの事件において、朝廷内部にも動揺が走りました。しかし後桜町天皇は、幕府との決定的な対立を慎重に避けつつ、宮中の綱紀粛正に努めました。自ら和歌や書道に秀で、古典の学識を深めるとともに、漢学や有職故実を重んじる姿勢を示し、公家社会のモラル低下を防いだのです。

1770年(明和7年)、甥である英仁親王が13歳に達したことを受けて皇位を譲位(後桃園天皇)。後桜町天皇は太上天皇(上皇)となり、院号を「後桜町院」と定めました。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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