中村梅之助の生涯と家系図|伝七から息子梅雀へ受け継がれた魂
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中村梅之助(本名:三井鐵男)は1930年(昭和5年)2月18日、東京府(現・東京都)に生まれました。父は戦前の歌舞伎界の革新者であり、既存の大歌舞伎(松竹)を飛び出して「劇団前進座」を旗揚げした伝説の名優・三代目中村翫右衛門です。歌舞伎界の古い世襲制度や封建主義に異を唱え、民主的な集団演劇を目指した劇団の草創期に育った梅之助は、1938年(昭和13年)、わずか8歳のときに前進座公演『勧進帳』の太刀持役で初舞台を踏みました。
1945年(昭和20年)には四代目中村梅之助を襲名。大歌舞伎の枠組みにとらわれず、リアリズムに基づいた革新的な歌舞伎や現代劇を全国の巡回公演で演じ続ける前進座の舞台で、若き梅之助は徹底的な基礎と庶民目線のリアリティを叩き込まれました。戦後の苦境期には、父・翫右衛門が一時劇団を離れて潜伏・逃亡生活を余儀なくされるなど、劇団運営の危機にも直面。梅之助は20代から30代にかけて劇団を精神的・実務的にも支え、やがて劇団の最高責任者である前進座幹事長、さらには代表を務めるまでに至りました。
テレビ時代が幕を開けた1963年(昭和38年)、梅之助はNHK初の大河ドラマ『花の生涯』に抜擢されます。主人公・井伊直弼(尾上松緑)の腹心であり、情熱的な密偵としても暗躍する長野主膳役を熱演。当時まだ黎明期だったテレビドラマ界に歌舞伎仕込みの確かな台詞術と圧倒的な存在感を示し、全国区の俳優としての道を切り拓く転換点となりました。