杏の母親の顔写真と泥沼裁判の真相|若い頃の美貌と現在を徹底検証

杏の母親の顔写真と泥沼裁判の真相|若い頃の美貌と現在を徹底検証を徹底追究! 知っておきたい 情報と解説を凝縮して配信します。

幸福に見えた家庭が崩壊へと向かった発端は、1989年に渡辺謙を襲った急性骨髄性白血病でした。当時、映画単独初主演が決まり絶頂期にあった夫の命を救いたい一心から、由美子氏は次第に新興宗教(法廷闘争の中で報じられた「釈尊会」など)に深く傾倒していきます。

病気平癒の祈祷や多額のお布施を名目に、母親は親族のみならず、杏や渡辺大が通っていた名門私立校の同級生の保護者ら約50名からも巨額の借金を重ねました。その総額は約2億円に達したと報じられています。この金銭トラブルが引き金となり、2002年から渡辺謙と由美子氏の間で泥沼の離婚裁判が勃発。2005年に正式な離婚が成立したものの、多額の債務は母親側に残り、未成年だった杏と渡辺大は過酷な現実に取り残されることになりました。

杏は困窮した家計を支え、自らの手で借金を完済するために高校を中退。がむしゃらに働き、トップモデルから朝ドラ女優へと駆け上がりました。その後、杏は節税と母親の生活支援を目的として個人事務所「T社」を設立し、由美子氏を代表取締役に就任させます。年間数千万円に及ぶ役員報酬を支払うなど、実娘として最大限の親孝行を続けていました。

ところが2014年、母親が再び特定の女性霊能者・占い師に心酔し、高額なコンサルティング料を個人事務所から流出させている事実が発覚。危機感を募らせた杏が大手芸能事務所トップコートとの直接契約へ切り替えたところ、2017年、母親側が「個人事務所からの退社は無効であり、得られるはずだった利益を害された」として、実の娘に対して約12億円の損害賠償を請求する前代未聞の裁判を起こしたのです。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest