なぜ『中学聖日記』は気持ち悪いと炎上した?批判の理由と評価が一変した真相
なぜ『中学聖日記』は気持ち悪いと炎上した?批判の理由と評価が一変した真相について分かりやすく解説いたします。最新の情報をお届けします。
かわかみじゅんこによる原作漫画『中学聖日記』と、TBS制作のドラマ版では、物語のトーンおよび結末の演出に大きな違いが存在します。ドラマ版が最終的に視聴者から受け入れられた鍵は、脚本(金子ありさ)と制作陣による巧みな設定改変にありました。
原作漫画は、どこかフランス映画を思わせるアンニュイで淡々とした空気感のなか、登場人物たちの内面的な機微や気だるい日常が抒情的に描かれます。晶の家庭環境や周囲の人間関係も比較的ドライに進行し、倫理的な葛藤よりも「どうしようもない感情の引力」に重きが置かれていました。
一方のドラマ版は、TBSのヒットメーカーであるプロデューサー・新井順子と演出・塚原あゆ子の黄金タッグ(後の『最愛』『下剋上球児』等を手掛ける)により、極めてサスペンスフルかつエモーショナルな人間ドラマへと再構築されました。
最大の違いは「社会的制裁の重さ」と「最終回の結末描写」です。ドラマ版では、聖が教員免許の剥奪危機に瀕し、晶の母親(夏川結衣)から「二度と晶に接触しない」という厳しい誓約書にサインを求められます。聖はこの誓約を守り、晶の前から完全に姿を消してタイの日本語学校へと旅立ちます。
そして物語のラストシーン、晶が大学を卒業して23歳の社会人として自立した状態でタイの夕景のなか聖を訪ね、過去の誓約書を破棄して対等な一人の大人として向かい合う結末が描かれました。未成年者との関係を中途半端に肯定せず、時間と痛みを経て「対等な大人同士」になるまで待ったという誠実な落としどころが、批判派の疑念を払拭し、深い感動を生み出す決定打となったのです。