中村小山三は何が凄い?十八代目勘三郎を支え続けた“伝説の名女形”の真相
中村小山三は何が凄い?十八代目勘三郎を支え続けた“伝説の名女形”の真相とは一体何なのか? 主要なファクトを整理してお届けします。
中村小山三(本名:福嶌 喜久雄)は、1920年(大正9年)7月28日に東京・浅草で生まれました。幼少期から芸事の環境に育ち、わずか6歳の時に三代目 中村米吉(後の十七代目 中村勘三郎)に入門。初舞台を踏んで以来、生涯を中村屋に捧げることになります。
1959年(昭和34年)4月、歌舞伎座『二人道成寺』の所化役などで二代目 中村小山三を襲名。歌舞伎界の伝統的な家柄(門閥)出身ではない「弟子」の立場からスタートしながらも、卓越した観察眼と日々の精進によって、着実に重宝される女形へと成長していきました。
芸の道においては、昭和を代表する大女形である六代目 中村歌右衛門からも徹底した薫陶を受けました。歩き方、扇子の扱い、着物の裾さばき、そして女形としての心の持ち様まで厳しく叩き込まれた経験が、小山三の盤石な芸の土台を築き上げました。