ドブネズミみたいに美しく|リンダリンダ歌詞の真意と甲本ヒロトの真実
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「ドブネズミみたいに美しくなりたい」という冒頭の一節について、甲本ヒロトはかつて音楽雑誌の対談や特番インタビューの中で、その着想の根源を率直に明かしています。当時、世間は好景気に沸き立ち、テレビの画面には華美に着飾ったスターや高級ブランドを身にまとう人々の姿が溢れかえっていました。そうした表層的な美しさに対して、下北沢や高円寺の片隅で日銭を稼ぎながらバンド活動に明け暮れていたヒロトの目に飛び込んできたのが、夜の路地裏を泥まみれになりながら疾走するネズミの姿でした。
誰からも愛されず、むしろ忌み嫌われ、見つかれば駆除の対象にすらなるドブネズミ。しかし、彼らは他人に好かれようとして生きているわけでも、誰かに見せびらかすために飾っているわけでもありません。ただ生きるために、冷たいアスファルトの上を懸命に走り、自らの命を全うしています。甲本ヒロトが直感したのは、まさにその作為や計算が一切存在しない「生」の生々しさでした。
続くフレーズである「写真には写らない美しさ」という言葉こそ、この曲の最大の鍵です。カメラのレンズを通し、光を当てて切り取られる美しさは、往々にして作られた虚構に過ぎません。しかし、ファインダーに収まらない、誰の称賛も浴びない暗がりで泥臭く生きる生命の煌めきは、決して嘘をつきません。「綺麗なものだけが美しいんじゃない。カッコ悪くて、みじめで、それでも必死に生きている姿こそが、誰よりも尊く美しいんだ」。この逆説的な美学こそが、ドブネズミという言葉をフックにした最大の理由なのです。