終戦後の激闘「占守島の戦い」真相と北海道分断を阻止した決断
終戦後の激闘「占守島の戦い」真相と北海道分断を阻止した決断にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。
奇襲の一報が札幌の第5方面軍司令部に届いた瞬間、司令官を務めていた樋口季一郎中将の胸中には激しい危機感が走りました。すでに東京の大本営からは戦闘停止命令が出ており、軍規に従えば反撃は即座の軍令違反になりかねない瀬戸際でした。しかし、武器を捨てた将兵や島内に残る多くの婦女子を含む民間人が虐殺・略奪の危機に瀕している現実に直面し、樋口中将は歴史的な決断を下します。
「断乎、反撃に転じ、ソ連軍を撃破すべし」――樋口中将は占守島を守備する第91師団(師団長・堤不夾貴中将)に対し、電撃的な自衛反撃命令を下達しました。この命令は、国家理性の崩壊した侵略者から自軍と同胞の生命・財産を守るための完全な「終戦後の自衛戦闘」であり、白旗を揚げて無抵抗のまま蹂躙されることを拒絶した崇高な防衛行動でした。
現地で直接指揮を執った堤不夾貴中将もまた、迷いを断ち切って迎撃体制を再構築しました。すでに一部の重火器は解体されつつありましたが、将兵たちは急ぎ武器を組み立て直し、沿岸陣地へ駆け戻りました。濃霧のなか、海中から押し寄せるソ連軍上陸部隊に対し、日本軍守備隊の頑強な抵抗が始まったのです。