アントニオ猪木はなぜ北朝鮮へ通ったのか?師・力道山と独自外交の真相

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猪木の対北朝鮮活動において、世界中に最大の衝撃を与えたのが1995年4月28日・29日の2日間にわたって開催された「平和のための平壌国際体育文化祝典(コリジョン・イン・コリア)」です。会場となった平壌の「綾羅島(ルンナド)メーデー・スタジアム」には、2日間の合計で延べ34万人(2日目単日で約19万人)という、プロレス史上最多の観客が押し寄せました。

メインイベントでは、アメリカWCWの世界的スーパースターであったリック・フレアーとアントニオ猪木が対決。プロレスというエンターテインメントに免疫のない北朝鮮の観衆は、当初こそ統制された拍手を送るのみでしたが、猪木の気迫とフレアーの流血戦を前に、会場は地鳴りのような熱狂へと包まれました。

この歴史的イベントを実現させるため、猪木は日米のトップレスラーを平壌に集結させ、米朝関係の緊張緩和をも視野に入れた演出を仕掛けました。スポーツ関係者の証言によると、当時は金日成(キム・イルソン)主席の死去直後であり、体制移行期にあった北朝鮮側にとっても「国際的な求心力を示す絶好のプロパガンダ」として利害が一致した側面がありました。しかし、リング上で繰り広げられた肉体と言語を超えた対話は、当時の平壌市民に強烈な記憶を残したことも事実です。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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