麻原彰晃「飛ぶやつ」のからくりと真相|空中浮揚写真の撮影トリック
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現代の視点から見れば「ただ座ったまま跳ねているだけ」と一目瞭然であるにもかかわらず、なぜ当時の日本社会において、名門大学の理系出身者を含む多くの若者がこの現象を信じ込んでしまったのでしょうか。そこには、1980年代半ば特有の社会情勢と、教団が張り巡らせた巧妙な心理的罠がありました。
オカルトブームと「見えない世界」への飢餓感
1980年代の日本は、高度経済成長を経て物質的な豊かさを手に入れた一方で、過酷な学歴競争や管理教育による閉塞感が社会を覆っていました。ノストラダムスの大予言、スプーン曲げ、精神世界ブームがメディアを席巻し、「近代合理主義や既存の科学では説明できない神秘的な力」を希求する心理が若年層に広がっていたのです。
そうした風潮の中で提示された「空中浮揚」は、科学への反逆であり、自らを救済してくれる絶対的なシンボルとして映りました。
「自分も跳べた」という身体的錯覚と認知的不協和
教団の道場に入会した信者たちに対し、麻原は徹底した呼吸法や断食、長時間の瞑想を課しました。極限の疲労と酸欠状態の中で結跏趺坐のジャンプを繰り返させると、信者自身も床をピョンピョンと跳ね回る状態に至ります。
脱会した元信者たちの手記には、以下のような生々しい心理的変遷が克明に綴られています。
「息を詰め、意識が朦朧とする中で跳躍を繰り返すと、一瞬、身体が宙に引っ張られるような不思議な高揚感を覚えた。『自分も浮いたのではないか』と錯覚し、尊師(麻原)はこれの究極の段階にいるのだと信じ切ってしまった」(元教団幹部の回想手記より)
人間は、多大な時間と費用を投じて修行に打ち込むと、「これは単なるジャンプ運動に過ぎない」という不都合な真実を受け入れられなくなります。自分の選択を正当化するために「尊師は本当に浮いている」と信じ込む認知的不協和の解消が働き、疑念を自ら封じ込めて盲信を深めていったのです。