なぜ中国は不参加?サンフランシスコ平和条約の真相と日中関係の原点
なぜ中国は不参加?サンフランシスコ平和条約の真相と日中関係の原点についての真相を徹底解説します。
サンフランシスコ講和会議の動きに対し、北京の中華人民共和国政府は強烈な怒りを表明しました。当時の政務院総理兼外交部長(外相)であった周恩来は、条約署名前後の1951年8月および9月に相次いで中華人民共和国の公式声明を発表。「中国人民の参加なしに作成された対日平和条約は、不法であり無効である」と徹底的に糾弾しました。
また、講和会議の場においては東側陣営のリーダーであるソビエト連邦も激しい抵抗を示しました。会議に出席したソ連全権代表のアンドレイ・グロムイコ外務次官は、以下の点を挙げて激しくアメリカを批判しました。
サンフランシスコ平和条約におけるソ連の拒否理由:
・中国人民の真の代表である中華人民共和国が排除されている点
・軍国主義の復活を防ぐ再軍備制限条項が欠落している点
・同時に日米安全保障条約が結ばれ、米軍の駐留継続を容認している点
結果として、ソ連、ポーランド、チェコスロバキアの東側3カ国は条約への署名を拒否。サンフランシスコ平和条約は全交戦国との全面講和ではなく、西側陣営を中心とした「多数講和(単独講和)」として成立することになりました。