なぜ変わった?フランス国旗の色の意味と「青」に隠された驚きの真相を徹底解説
なぜ変わった?フランス国旗の色の意味と「青」に隠された驚きの真相を徹底解説についての疑問解決ガイドを徹底解説します。
フランス国旗について語られる際、最も広く浸透している解説が「青は自由、白は平等、赤は博愛(友愛)を表している」という説です。日本の学校教育や一般的な観光ガイドでも長年そう教えられてきましたが、歴史学的な事実から見ると、これは後世に作られた俗説にすぎません。
トリコロールの真の起源は、1789年に勃発したフランス革命の現場にあります。
革命が勃発した直後、パリ市民で構成された民兵隊(国民衛兵)は、パリ市の伝統的なシンボルカラーであった「青」と「赤」の記章(コカルド)を帽子につけて立ち上がりました。この市民軍を率いたのが、アメリカ独立戦争の英雄でもあったラファイエット侯爵です。
ラファイエットは、市民の怒りと熱狂を鎮め、国家の結束を保つため、パリ市を象徴する「青と赤」の間に、古くからフランス王家(ブルボン家)を象徴する色であった「白」を組み込みました。つまり、トリコロールが誕生した本来の意図は、「絶対王政を倒して王権を完全に否定すること」ではなく、「市民の権利(青・赤)と国王(白)が手を取り合う立憲君主制の調和」を表現することだったのです。
その後、国王ルイ16世の処刑を経て第一共和政が誕生する中で王政の痕跡は薄れ、1794年に国民公会において、画家ジャック=ルイ・ダヴィッドらの助言のもと「左から青・白・赤の順で垂直に並べる」という現行の国旗デザインが正式に法制化されました。
では、なぜ「自由・平等・博愛」という解釈が世界中に広まったのでしょうか。それは、フランス共和国の理念である標語「Liberté, Égalité, Fraternité(自由・平等・博愛)」の語感の良さが、3色の並びと完璧に合致したためです。19世紀半ばの第二共和政から第三共和政にかけて、ナショナリズムの高揚とともに学校教育や公的プロパガンダでこの解釈が積極的に語り継がれ、いつしか「公式の起源」であるかのように世界中で信じ込まれるようになりました。