『仁義なき戦い』原点の美能組とは?美能幸三の軌跡と広島抗争の真相

『仁義なき戦い』原点の美能組とは?美能幸三の軌跡と広島抗争の真相の具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

美能組の創設者である美能幸三の経歴を語る上で欠かせないのが、太平洋戦争という原体験です。大正15年(1926年)に広島県呉市で生まれた美能は、若くして海軍に入隊し、大日本帝国海軍の特攻隊員(人間魚雷「回天」搭乗員)として訓練を受けました。しかし、出撃を目前にして終戦を迎え、奇跡的に生還を果たすことになります。

「一度は死んだはずの命」を抱えて復員した呉の街は、暴力と飢餓が支配する無法地帯と化していました。美能は荒れ狂う闇市で不良少年や戦友たちを束ね、自衛のために腕力を振るうようになります。天性の度胸と人を惹きつける親分肌の気質から、呉の有力者であった山村辰雄(映画における山守義雄のモデル)に目をかけられ、山村組の若頭格として裏社会の階段を一気に駆け上がりました。美能の生き急ぐかのような激しい行動力は、死線をくぐり抜けてきた復員兵特有のニヒリズムと分かちがたく結びついていたのです。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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