原子炉への海水注入はなぜ遅れたのか?廃炉覚悟の決断と緊迫の真相
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海水注入を巡る議論で最も世間の注目を集めたのが、開始直後の19時25分、東電本店の武黒一郎フェロー(本店オフサイトセンター駐在)から吉田所長へ出された「海水注入の中断指示」でした。
政府事故調査委員会が聴取した「吉田調書」や関係者の証言によると、当時の首相官邸では、菅直人首相(当時)や原子力安全委員会の斑目春樹委員長らが「海水注入による再臨界の可能性はないのか」「ホウ酸の混合は確実に行われているのか」といった技術的論点を議論していました。官邸側は「状況を精査・理解してから進めたい」という意向でしたが、これが東電本店を経由する過程で「総理の了解が得られていないため、いったん注水を止めろ」という命令へ変質したのです。
テレビ会議を通じて武黒フェローから中断を命じられた吉田所長は、即座にその指示の不条理さを見抜きました。吉田氏はテレビ会議システムのマイクに向かって「了解しました」と返答しつつ、隣にいた発電班長に対して小声で「お前、絶対に注水を止めるな。俺が止めるなと言ったから止めないんだ」と耳打ちし、現場の消防ポンプを回し続けさせました。
後に政治家やメディアの間で「官邸が海水注入を止めた」「吉田所長の独断専行が日本を救った」といった激しい政治論争が巻き起こりましたが、吉田調書の公開によって、現場指揮官が官僚機構の伝言ゲームと混乱を無視して実効的な措置を死守したリアルな実相が白日の下に晒されました。