各務ヶ原駅の読み方はなぜ違う?Jrと名鉄の真相&2026年最新案内
各務ヶ原駅の読み方はなぜ違う?Jrと名鉄の真相&2026年最新案内とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを整理してお届けします。
岐阜県外から訪れた人が最も混乱するのが、自治体名、JR駅名、名鉄駅名、そして地元高校名の間で生じている読み方と表記の「四重構造」です。公的呼称を整理すると、以下の通り見事なまでに食い違っています。
市制上の公式呼称は「各務原市(かかみがはらし・ヶなし)」。JR高山本線の駅は「各務ヶ原駅(かがみがはらえき・ヶあり・濁音)」。名鉄各務原線の駅は「名電各務原駅(めいでんかかみがはらえき・ヶなし・清音)」。さらに地元公立校である岐阜県立各務原高校は「かかみはらこうこう(「が」が脱落)」と呼ばれています。なぜ同一エリアでこれほどまでに呼称の分裂が放置されてきたのでしょうか。
古代郡名「各務」の音韻変化と鉄道省の命名ルール
地名研究および各務原市史編纂資料によると、この地の起源は古代美濃国の「各務(かがみ)郡」に遡ります。かつて鏡作りの技術集団が定住したことから「かがみ」と呼ばれ、中世から近世にかけて原野が広がる中で「かがみの原」「かがみがはら」と連呼されるようになりました。日本語の連濁現象(二つの単語が合体する際に後ろの語頭が濁音化する現象)により、自然発生的に「かがみ+はら=かがみがはら」と発音されていた歴史的経緯があります。
この地に近代交通機関が乗り入れたのは大正時代です。1920年(大正9年)11月、鉄道省(後の国鉄・現在のJR東海)が高山線(現・高山本線)岐阜〜各務ヶ原間を開業させた際、当時の全国的な駅名命名基準に基づき、助詞の「ヶ」を挿入した上で、旧来の通称であった「各務ヶ原(かがみがはら)」を正式駅名として採用しました。これが現在に至る「JR各務ヶ原駅(かがみがはら)」の確定ルーツです。
1963年の4町合併時に下された「清音化」の政治的決断
一方、市名が「かかみがはら」となった背景には、昭和の大合併における明確な意図がありました。1963年(昭和38年)、那加町・稲羽町・鵜沼町・蘇原町の4町が合併して新市を誕生させる際、市名の選定を巡って議論が紛糾しました。
当時の新市建設協議会の議事録によると、呼びやすさ、語感の明るさ、そして全国的な通りやすさを考慮し、濁点を排した「清音(かかみ)」を採用することが決議されました。また、表記についても公用文書における簡素化を図るため、助詞の「ヶ」を入れない「各務原市」が正式採用されたのです。しかし、国鉄側はすでに全国区で定着していた「各務ヶ原駅(かがみがはら)」の改称を行わず、結果として「駅名は先行した国鉄時代の呼称を維持し、市名は後発の新市方針で清音化された」という歴史的ズレが固定化されることになりました。