徳川15代将軍一覧と簡単な覚え方!慶喜の生涯や大政奉還の真相も網羅

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慶応3年(1867年)10月14日、徳川慶喜は朝廷に対して政権返上を申し出る「大政奉還」を行いました。一般的には「追い詰められた幕府が白旗を上げた歴史的瞬間」と解釈されがちですが、当時の公文書や関係者の記録を紐解くと、まったく異なる政治的思惑が浮かび上がります。

慶喜の真の狙いは、「徳川家をトップに据えた近代的な合議制新政府の樹立」でした。

当時、薩摩藩や長州藩は武力による倒幕(武力討幕)の密勅を取り付けようと画策していました。内戦が勃発すれば、イギリスやフランスといった欧米列強の軍事介入を招き、日本が植民地化される致命的な危機に直面します。

そこで慶喜は、先手を打って形式的な統治権(大政)を朝廷に返上しました。当時の朝廷には外交や軍事を統括する行政実務能力が一切ありませんでした。諸藩の大名を集めて議会(諸侯会議)を開いたとしても、日本最大の領地と圧倒的な官僚組織・軍事力を持つ徳川家が首班(実質的な首相)に選ばれることは確実だったのです。

しかし、この慶喜の高度な知略を打ち破るべく、薩長の岩倉具視らは同年12月にクーデターである「王政復古の大号令」を強行。徳川家の領地と官職をすべて剥奪する「辞官納地」を突きつけ、鳥羽・伏見の戦いへと引きずり込んでいきました。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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