「行きはよいよい帰りは怖い」の真相!通りゃんせに潜む戦慄の歴史
「行きはよいよい帰りは怖い」の真相!通りゃんせに潜む戦慄の歴史の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。
川越城の事例に加え、江戸時代の「関所」における厳格な統制システムも「帰りが怖い」理由として強く支持されています。
江戸幕府は治安維持と反乱防止のため、全国の要所に関所を設置しました。有名な「入り鉄砲に出女」という言葉の通り、江戸に入る武器(鉄砲)と、江戸から逃げ出す大名の妻子(出女)を徹底的に取り締まったのです。
一般庶民の旅においても、関所を通る際には身元を証明する「関所手形(往来手形)」が必須でした。行きは手形があれば通れたとしても、帰り道では滞在先での不審な行動がなかったか、許可された人数や携行品と相違がないか、不正な抜け道を使っていないかが執拗に調べられました。些細な書類の不備や係官の機嫌一つで「重罪人」として処刑される可能性があった江戸時代の関所警備は、庶民にとって生きた心地のしない場所だったのです。