かぐや姫の捨丸はなぜクズと叩かれるのか?妻子持ち逃避行の真相と結末
かぐや姫の捨丸はなぜクズと叩かれるのか?妻子持ち逃避行の真相と結末の疑問点について、専門知識を詳しくお届けします。
捨丸を巡る最大の争点である「空を飛ぶシーン」と、その直後の「水落・夢オチ」の演出には、高畑監督の妥協なきリアリズムが込められています。
二人が手を取り合い、ふわりと宙に浮き上がって里山を飛び越え、海原の上空を旋回するシークエンスは、久石譲氏の流麗な劇伴『天人の音楽』とは対照的な劇的カタルシスをもたらします。しかし、この飛行の最中にかぐや姫は、自らの手首を捨丸の首から静かに解き放ちます。捨丸はバランスを崩して高度を失い、冷たい川面へと真っ逆さまに叩きつけられます。
なぜ捨丸は川に落とされなければならなかったのか?
報道各社の過去インタビューやアニメーション研究者の分析によると、この水落ちは「地上を生きる人間に対する重力の宣告」を意味しています。かぐや姫は月の世界の存在であり、重力や死、苦痛の存在しない純粋無垢な異界の住人です。一方の捨丸は、土にまみれ、泥を啜って生きる地球の泥臭い人間です。かぐや姫の霊的な引力に引き寄せられて一瞬だけ天界の領域に足を踏み入れた捨丸ですが、生身の人間である彼がそのまま天へ行くことは「死」を意味します。
かぐや姫は、彼を生かすために自ら抱擁を解き、地上の川へと返しました。水に浸かるという行為は、神話学における「禊(みそぎ)」であり、異界から現世への強制的な境界跨ぎ(リセット)です。草むらで目覚めた捨丸が、濡れた衣服を確かめながら「夢か……」と呟くシーンは、彼が正気と現世の責任を取り戻した瞬間を冷徹に描写したものに他なりません。