銀ブラの語源とは?銀座ぶらぶら説とブラジルコーヒー説の真相
銀ブラの語源とは?銀座ぶらぶら説とブラジルコーヒー説の真相の疑問点について、分かりやすい解説を詳しくお届けします。
詳細を見る
銀ブラというライフスタイルを確立する上で決定的な役割を果たしたのが、慶應義塾大学の学生たちと、1911年(明治44年)に創業した「カフェーパウリスタ」の存在です。
当時、慶應の三田キャンパスから銀座までは徒歩圏内でした。講義を終えた塾生たちは、最新の洋服に身を包み、芝口(新橋)を経由して銀座通りを歩くことを日課としていました。その学生たちが集まる憩いの場となったのが、サンパウロ州政府から無償提供された良質なブラジル産コーヒーを破格の安さで提供していたカフェーパウリスタでした。
パウリスタには芥川龍之介、佐藤春夫、久保田万太郎、菊池寛といった錚々たる文豪も足繁く通い、文学談義に花を咲かせました。店内でコーヒーを一杯楽しむことが、当時のインテリや学生にとって最高のステータスであり、知的生活の象徴だったのです。
現在でもカフェーパウリスタでは、当時の文化を伝える試みとして「銀ブラ証明書」を発行しており、銀座の文化史を体感できる貴重な名物として親しまれています。