なぜ三重にルーブル公式姉妹館が?怪しい噂の真相と見どころを徹底取材

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本州中央部の静かな山里であるルーブル彫刻美術館 三重県津市の地に、なぜフランス本国が認めた公式姉妹館が存在するのか。その発端は、隣接する大観音寺の開山館長であった故・竹川勇次郎氏の並々ならぬ熱意と執念にありました。

当時の記録および関係者の証言によると、竹川氏は「海外へ渡航することが難しい日本の一般庶民や子どもたちに、世界最高峰の美と文化を肌で感じてほしい」という強い信念を抱いていました。昭和の高度経済成長期を経て、海外旅行がまだ一般的でなかった時代、竹川氏は単身フランスへと渡り、ルーヴル美術館およびフランス文化省関係機関への直談判を敢行しました。

当初、フランス側は極東の一僧侶からの申し出に対して難色を示したと伝えられています。しかし、竹川氏は通算17回以上も渡仏を重ね、熱烈な文化交流への熱意を訴え続けました。その情熱に心を動かした当時のルーヴル美術館彫刻美術工芸局(Atelier de moulage)の責任者やフランス政府高官が現地調査を行い、ついに「正式な型取りによる復刻彫刻の制作・常設展示」という歴史的許諾を出したのです。

1987年(昭和62年)の開館式典には、当時のルーヴル美術館長をはじめとするフランス側の要人も多数来日。単なる商業的なレプリカ展示施設ではなく、日仏文化交流の架け橋としてルーブル彫刻美術館 パリ姉妹館という世界で類を見ない公認ステータスを獲得するに至りました。ルーブル彫刻美術館 なぜ三重の地に設立されたのかという疑問の裏には、個人の情熱が国境と文化の壁を突き崩した驚くべき人間ドラマが存在していたのです。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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