九州顔と東北顔の違いとは?縄文・弥生の遺伝子ルーツと特徴を徹底解剖

九州顔と東北顔の違いとは?縄文・弥生の遺伝子ルーツと特徴を徹底解剖についての真相を徹底解説します。

日本人の顔立ちを語る上で欠かせないのが、人類学者・埴原和郎氏が提唱した「二重構造モデル」と、2020年代に金沢大学などのゲノム研究グループが提唱した「三重構造モデル」です。古来、日本列島に先住していた縄文人に対し、大陸から朝鮮半島や日本海経由で渡来系弥生人が流入し、さらに古墳時代以降の集団が加わることで現代日本人が形成されました。

興味深いのは、縄文人の遺伝的痕跡が最も色濃く残っているのが「南九州・沖縄」と「東北・北海道」という列島の南北両端であるという事実です。DNA解析において両地域の先住民集団は高い親縁性を示しているにもかかわらず、なぜ外見表現型(フェノタイプ)はここまで対照的になったのでしょうか。

その最大の決定要因は、数千年にわたる「日照条件と寒冷地適応」という自然淘汰の力です。

東北地方、とりわけ秋田県・青森県・山形県などの日本海側は、冬期の降雪と厚い雲に覆われ、年間日照時間が全国で最も短い地域に属します。高緯度かつ日照の少ない環境下で生きる人類は、体内で必須のビタミンDを効率的に生成するため、紫外線を遮断するメラニン色素を減らす進化圧を受けます。その結果、光を透過しやすいきめ細やかな白い肌質が固定化されました。また、氷点下の冷気から眼球を守るため、皮下脂肪を蓄えて厚みを持たせた「蒙古ひだ」と平坦な一重まぶたが発達しました。

一方の九州は、強い紫外線が降り注ぐ温暖な海洋性気候です。強い日差しから細胞を守るためにメラニン合成能力が保たれ、彫りの深い骨格と広い視野を確保するパッチリとした目元が生活環境に適していました。このように、基盤となる縄文DNAを有しながらも、気候風土という彫刻刀によって南北それぞれ異なる美の造形が生み出されたのです。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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