伏見稲荷の山登りはなぜ後悔する?所要時間と階段数・ルートを徹底解説
伏見稲荷の山登りはなぜ後悔する?所要時間と階段数・ルートを徹底解説とはどんな影響があるのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。
SNSや旅行口コミサイトで「伏見稲荷を舐めていた」「途中で膝が震えた」という声が頻出するのはなぜでしょうか。最大の要因は、標高233メートルという数字から受ける印象と、実際の身体的負荷との間に生じる大きなギャップにあります。
現地を歩いて痛感するのが、稲荷山階段段数の過酷さです。麓の本殿から山頂の一ノ峰、そして下山路に至るまで、ルート全体で実に約1,200段から1,300段もの石段が存在します。これは一般的なマンションやオフィスビルの50階から60階分を一気に階段で登り降りする計算に匹敵します。
さらに、伏見稲荷大社登山きつい理由として挙げられるのが「階段の規格が均一ではない」点です。近代的な建造物の階段とは異なり、神仏習合の歴史と信仰の中で整備されてきた石段は、一段ごとの段差や奥行きがバラバラで、すり減って滑りやすくなっている箇所も多く見られます。視覚的に朱色の鳥居が無限に続く光景は神秘的である反面、距離感が狂いやすく、「登っても登っても同じ景色が続き、精神的に削られる」という心理的疲労を増幅させます。
筆者が取材時にすれ違った参拝客の中にも、おしゃれな革靴や厚底サンダル、タイトスカート姿で訪れ、石段の途中で手すりにもたれかかって動けなくなっている姿が散見されました。稲荷山は整備された観光名所であると同時に、本質は山そのものであり、相応の肉体的対価を要求してくる場所なのです。