革マル派と中核派の違いとは?内ゲバの真相と新左翼の血塗られた歴史
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分裂の源流は、1963年の革命的共産主義者同盟(革共同)の解体にある。理論的支柱であった黒田寛一を中心に結成されたのが、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)だ。黒田は「反帝国主義・反スターリン主義」を掲げつつも、まずは党組織の建設と理論的武装、そして何より自派の防衛と拡大を最優先する姿勢を打ち出した。
対する革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)を率いたのは本多延嘉である。本多は現場の全学連運動や労働運動の最前線に立ち、実力闘争を重視する立場を鮮明にした。街頭での武力衝突や即時行動を優先する本多路線は、理論先行で組織保全を図る革マル派を「逃亡主義」「日和見主義」と激しく糾弾。指導者ふたりの思想的隔たりが、致命的な断絶を決定づけた。