久山の映画館は現在どうなった?閉館の真相と跡地&粕屋の代替劇場
久山の映画館は現在どうなった?閉館の真相と跡地&粕屋の代替劇場について知っておくべき 事実を分かりやすく解説いたします。
なぜ、あれほど広大だった映画館が撤退に追い込まれたのか。当時の報道発表、興行関係者の証言、業界の構造変化を照らし合わせると、単なる「客足の減少」にとどまらない、3つの複合的要因が浮かび上がります。
1. 近隣競合シネコンの台頭とドミナント競争
1999年の開館当初、ユナイテッド・シネマ トリアス久山は全14スクリーン・約2,500席という九州最大級のスケールを誇り、福岡市東部や筑豊地域からの広域集客を一身に集めていました。しかし、2004年に糟屋郡粕屋町へ「ダイヤモンドシティ・ルクル(現・イオンモール福岡)」が開業し、シネコン(現・イオンシネマ福岡)が併設されたことで状況が一変します。
福岡都市高速や幹線道路からのアクセス性、ファッション・飲食・エンタメが1つの巨大なインモール(屋内型モール)で完結する利便性において、オープンモール形式(屋外移動型)のトリアス久山は強い劣勢に立たされることになりました。
2. 2010年代初頭の「全スクリーン・デジタルシネマ化」投資の壁
映画興行史において極めて重要なのが、2010年前後に起きた「35mmフィルムからデジタル上映への完全移行」です。当時、全国の劇場は数百万円から1スクリーンあたり1,000万円超ともいわれるデジタル映写機への更新を迫られました。全14スクリーンを抱えていたトリアス久山にとって、機材一新に必要な投資額は億単位に達します。競合激化で稼働率が低下していたなかで、この設備投資を回収することは極めて困難であると経営判断が下された形です。
3. 15年間の定期建物賃貸借契約の満了
商業施設とシネコンの間で結ばれる賃貸借契約は、10年〜15年の長期スパンが一般的です。1999年の開業から14年余りが経過した2013年は、まさに契約更新のタイミングでした。将来の収支予測と設備更新コストを天秤にかけた結果、ユナイテッド・シネマ側は契約延長を行わず、2013年8月31日をもって静かにその幕を下ろす決断を下しました。