井上陽水『ワインレッドの心』誕生の真相と安全地帯との決定的な違い

井上陽水『ワインレッドの心』誕生の真相と安全地帯との決定的な違いの特集記事をお届けします。役立つ情報が満載です。

1980年代初頭、北海道・旭川から上京した安全地帯は、卓越した演奏技術を持ちながらも商業的な決定打を欠いていました。彼らの才能をいち早く見出し、自らのバックバンドに抜擢したのが井上陽水です。全国ツアーを共に回りながらバンドのポテンシャルを誰よりも理解していた陽水は、彼らをメジャーシーンの主役に押し上げるべく、全面的なサポートを買って出ました。

転機となったのは、サントリーワイン「レゼルブ」の大型CMタイアップの獲得でした。当時、サントリーの広告といえば日本のコピーライティングやカルチャーの頂点を走る花形舞台。タイアップ曲の制作には極めて高いハードルが課されていました。作曲を手がけた玉置浩二の哀愁漂うメロディに対し、作詞を依頼された陽水は極めて難航したと当時の制作関係者は証言しています。

当初、陽水が提出した歌詞は「CMのコンセプトに合わない」としてクライアント側から何度も書き直しを命じられました。当時の特番インタビューや自著などで振り返られたエピソードによると、陽水は締め切り直前まで言葉を削り、ワインのグラスに映る大人の情念と、都会的なエレガンスを極限まで研ぎ澄ましていきました。そして最後に紡ぎ出されたのが、あの「もっと勝手に恋したり ほら キスをあきらめたり」というフレーズでした。

サントリー側が求めた「ワインレッド」という色彩イメージを単なる商品宣伝にとどめず、人間の奥底に眠る理性と情熱の揺らぎへと昇華させた陽水の職人技。安全地帯をなんとしてもブレイクさせたいという先輩アーティストとしての責任感と、トップクリエイターとしての矜持が激突した末に、この不朽の名作は産声を上げたのです。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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