十二神将の役割と干支の謎|名前の読み方や見分け方・ご利益を解説
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十二神将の仏像として日本最高峰の傑作と称されるのが、奈良市高畑町にある新薬師寺の本堂に安置された「木造薬師如来坐像」を取り囲む12体の塑像(粘土で作られた像)群です。天平19年(747年)、聖武天皇の病気平癒を祈願して光明皇后によって建立されました。昭和に補作された波夷羅大将を除く11体が、天平時代の塑像として国宝に指定されています。
現地を訪れると、薄暗い堂内の中央に鎮座する巨大な本尊を円形に取り囲むように、ほぼ等身大(高さ約160〜170cm)の12体が外側を向いて威嚇する圧巻の空間構成に息を呑みます。1300年近く前の彩色がわずかに残り、ガラスケース越しではなく剥き出しの空間で息づく迫力は、現場でしか味わえない凄みがあります。
しかし、この新薬師寺の十二神将像には、美術史ファンや研究者の間で有名な「寺伝と国指定名称の逆転問題」という歴史のミステリーが存在します。
現在、文化庁が指定する国宝の名称と、新薬師寺に古くから伝わる寺伝の名称では、12体中実に10体の名前が入れ替わっています(一致しているのは宮毘羅と波夷羅のみ)。明治時代に文化財調査が行われた際、当時の調査員が像の持物や配置から機械的に判定して国宝指定名を確定させたものの、その後の詳細な調査によって寺伝の配置・名称の方が本来の経典の記述に合致していることが判明しました。現代の拝観時にも、寺院側の解説板と国の公式登録名に違いが見られるのはこのためです。鑑賞する際は、両方の名称の背景を意識すると、仏教美術の奥深さがより一層鮮明になります。