志村けんと明石家さんま「不仲説」の真相|土8戦争から追悼秘話まで
今注目を集めている 志村けんと明石家さんま「不仲説」の真相|土8戦争から追悼秘話までについて、主要な情報を整理して公開しています。
二人の関係性を語る上で避けて通れないのが、1980年代前半のテレビ界を揺るがした「土8戦争」です。土曜夜8時枠を巡り、TBS系の王者『8時だョ!全員集合』(ザ・ドリフターズ)と、フジテレビ系が総力を挙げて立ち上げた新興勢力『オレたちひょうきん族』が繰り広げた視聴率対決は、日本のエンタメ史における最大の転換点でした。
『全員集合』において、「東村山音頭」や「ヒゲダンス」で国民的スターへと上り詰めた若き志村けんさん。一方、『ひょうきん族』でビートたけしさんの「タケちゃんマン」のライバルである「ブラックデビル」や「アミダばばあ」を怪演し、一気に全国区の人気を獲得した明石家さんまさん。まさに二人は、テレビ界の天下分け目の合戦における切り込み隊長同士だったのです。
1985年9月、『全員集合』は16年におよぶ歴史に幕を下ろしました。しかし、敗れた側の志村さんはすぐに『カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ』を立ち上げ、再び『ひょうきん族』と熾烈なデッドヒートを展開します。メディアはこれを「宿敵同士の確執」と煽り立てましたが、最前線で血を流しながら戦っていた当人同士の間には、他者には決して入り込めない戦友としての共鳴が芽生えていました。