小樽の蒸気時計はなぜ作られた?汽笛響くメルヘン交差点の2026年最新
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メルヘン交差点のランドマークとして愛される蒸気時計ですが、「かつて小樽を走っていた蒸気機関車の名残ではないか」「明治時代の産業遺産だろうか」といった声を現地では頻繁に耳にします。しかし、設置の経緯を調査すると、まったく異なる現代的な地域再生のドラマが浮かび上がってきます。
この時計が誕生したのは1994年(平成6年)6月25日のことです。手掛けたのは、カナダ・バンクーバーの歴史地区ギャスタウンにある世界初の蒸気時計を1977年に完成させた世界的時計職人、レイモンド・サンダース(Raymond Saunders)氏でした。小樽オルゴール堂本館を運営する株式会社丸ヨ池野興産が、本館前の広場整備およびメルヘン交差点の景観向上を目的としてサンダース氏に特注で制作を依頼したのが直接の起源です。
小樽オルゴール堂本館の建物自体は、1912年(明治45年)に米穀商・共成株式会社の本社社屋として建てられた歴史的建造物(小樽市指定歴史的建造物第17号)です。赤レンガと天然石が織りなす重厚な西洋建築の前に、ただの近代的なデジタル時計や無機質な広場を置くのではなく、「オルゴールが持つアコースティックな温もりと、小樽の近代化を支えた蒸気エネルギーの記憶を融合させたモニュメントを置きたい」という情熱が、サンダース氏をバンクーバーから招聘する動機となりました。
完成した蒸気時計は高さ5.5メートル、重量1.5トンを誇る堂々たるブロンズ製で、バンクーバーのオリジナル機(高さ約4メートル)を上回る「世界最大級の蒸気時計」として小樽の地に産声を上げました。海外、とりわけ台湾や香港からの旅行者の間では「小樽 蒸汽 鐘」の名で深く浸透し、いまや小樽運河と双璧をなす観光の象徴となっています。