日本の苗字30万種類の真実!佐藤鈴木の謎と激レア名字のルーツ

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インターネット上や俗説で広く信じられている言説の中に、「江戸時代の平民は苗字を持っておらず、明治8年の平民苗字必称義務令の際に寺の僧侶や役人が適当にその場の思いつきで名付けた」というものがあります。しかし、近年の歴史学・古文書研究において、この説は明確な誤りであることが証明されています。

江戸時代の農民や町人は、公の場(公文書の署名や武士の前)で苗字を名乗ること(公称)を幕府によって厳しく禁じられていただけであり、私的な生活空間や村落内部では先祖代々の苗字を保有・使用していました。寺院の過去帳、墓石の刻字、村役人の私記、宗門人別改帳の裏書きなどの一次史料を精査すると、江戸時代中期〜後期であっても庶民が明確な苗字(家名・屋号)を代々受け継いでいた事実が確認できます。

明治政府が1870年に「平民苗字許容令」を出したものの、民衆は「苗字を公称すると新たな税金を課されるのではないか」と警戒して届け出をためらいました。そのため、政府は1875年(明治8年)2月13日に「平民苗字必称義務令」を発令し、国民全員に苗字の届け出を義務づけたのです。この際、大半の庶民は先祖伝来の屋号やかつて名乗っていた苗字をそのまま提出しました。「慌てて住職が適当につけた」というのは、ごく一部の混乱した村落の逸話が誇張されて広まった都市伝説にすぎません。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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