森高千里の若い頃が異次元!伝説の美脚と江口洋介との真相を解剖
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森高千里の若い頃を「単なるビジュアル先行のアイドル」と捉えるのは、決定的な誤解です。彼女の真骨頂は、その華奢な体躯からは想像もつかないドラムの腕前と、時代を先取りしたソングライティング能力にありました。
幼少期からピアノを習い、高校でドラムに目覚めた彼女は、自身のレコーディング現場でも多くの楽曲でドラムやキーボード、ギターを自ら演奏しています。特に彼女のドラムプレイは、正確無比なタイム感とタイトなスネアの鳴りに定評があり、泉谷しげるや細野晴臣といった名立たる大御所ミュージシャンからも絶賛されました。全国ツアーの最中、ハイヒールを脱ぎ捨ててドラムセットに座り、華麗なスティックさばきでビートを刻む姿は、男性中心だった当時のロック・ポップス界において鮮烈なカウンターとなりました。
さらに、1992年に発表された大ヒット曲「私がオバさんになっても」は、日本ポップス史に残る名曲です。当時の日本のポップカルチャーは、若い女性の「若さ・消費期限」を露骨に賛美する男性優位の空気が色濃く残っていました。その渦中にいた20代前半の森高自身が、
「私がオバさんになっても 泳ぎに連れてくの?派手な水着はとてもムリよ 若い子には負けるわ」
と、あらかじめ男性側の身勝手な欲望と未来の老いを自らユーモラスに突きつけたのです。自著や当時のインタビューで森高は、「女の人は若いうちしか相手にされないの?という違和感や反発がどこかにあった」という趣旨の告白を残しています。エイジズム(年齢差別)やルッキズムを軽やかに先回りし、自らの言葉で武装した彼女の歌詞は、同世代の女性たちの心を強く掴み、単なるアイドルソングを超えたアンセムとなりました。