加藤智大はなぜ凶行に及んだのか|生い立ちから現在まで全記録
加藤智大はなぜ凶行に及んだのか|生い立ちから現在まで全記録の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。
2008年6月8日、事件当日の加藤智大の行動は分単位で記録されている。前日まで静岡県裾野市の自動車工場で派遣社員として働いていたが、5月29日に派遣契約を打ち切られていた。さらにアパートの更新料が払えず、携帯電話も料金滞納で停止されていた。6月5日には作業着を求めてリサイクルショップを訪れたが、店員から「作業着は置いていない」と冷たく対応されたことに強い疎外感を覚えたと供述している。
事件当日の未明、加藤は携帯電話の掲示板に大量の書き込みを行っている。「もう生きていても意味がない」「誰も自分を見てくれない」といった内容が時系列で残されている。この掲示板への書き込みは「加藤智大 掲示板」としてネット上で現在も検索されることが多いが、当時の書き込みを詳細に追うと、犯行直前には「秋葉原で人を殺します」「車で突っ込んで、その後ナイフで刺す」という明確な犯行予告が書き込まれていた。これは事件後、ネット上の黙示録的な予告として大きな社会的衝撃を与えた。
加藤は同日午前、レンタカーで2トントラックを借り、秋葉原へ向かった。午後0時30分頃、中央通り交差点付近で信号待ちの歩行者群にトラックで突入。その後、降車してダガーナイフで周囲の通行人を無差別に襲撃した。死者は男性4名・女性3名の計7名、負傷者は10名に上った。加藤は現場で駆けつけた警察官に取り押さえられたが、逮捕時の供述として「世の中が嫌になった。誰でもよかったから殺したかった」と語ったとされている。
秋葉原無差別殺傷事件の動機をめぐっては、「派遣切りによる絶望」「ネット掲示板での孤立」「家族との断絶」「自己愛の崩壊」など複合的な要因が指摘される。検察は冒頭陳述で、加藤が「孤独感と絶望感を紛らわせるために事件を起こした」と指摘。一方、精神鑑定では「妄想性障害の疑いがあるが、犯行当時の判断能力は保たれていた」と結論づけられた。この鑑定結果が死刑判決の決め手となった。